わたしたちは、町の飲食店をこども食堂に変え、ごはんを通じて、地域の大人で子どもの命と人生を見守る活動をしています。
日本の子どもの相対的貧困率は、11.5%。およそ9人に1人の子どもが、貧困のなかで暮らしています。ひとり親世帯にいたっては、44.5%。半数近くが、明日の食事を心配しながら眠ります。
出典:厚生労働省「2021年 国民生活基礎調査」けれど、貧しさは、数字のかたちでは見えません。
見えるのは、いつもより少し静かな子どもの背中。
給食の時間に、誰よりもゆっくり食べる、その手の動き。
夏休みのあいだに、ほんの少し痩せて戻ってくる、頬のかたちです。
そして、孤立とくらしのつらさが重なったとき、ときに、ひとつの家族が、いっしょに命を絶ちます。子ども虐待による死亡事例のうち、1,385件のうち532件(約40%)が、親子の心中でした。なかでも父親が起こした心中の20.8%は、経済的な困窮を理由としていました。
出典:こども家庭庁「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」(2025年9月)こども家庭庁は、こうつづけています。心中もまた、虐待による死である、と。それは、地域のなかで継続して見守る大人がいなかった家庭で、起こりやすい、と。
2024年度、児童相談所に寄せられた虐待相談は、223,691件。2年連続で22万件を超えました。心理的虐待がおよそ6割、ネグレクトも依然として多く報告されています。子どもたちのSOSは、確実に増えているのです。
出典:こども家庭庁集計/日本経済新聞 2026年1月30日2025年、自ら命を絶った児童・生徒は538人。1980年以降、過去最多となりました。前年は529人、その前は513人。数字は、ただ静かに、毎年積み重なっていきます。
出典:厚生労働省 自殺統計(2026年3月公表)/日本経済新聞 2026年3月27日これは、子どもたちのせいでは、ありません。誰一人として、生まれてくる場所を選べなかった子どもたちの、責任ではありません。それでも、いま、この国のどこかで、ひとりの子どもが、空っぽの冷蔵庫の前に立っています。
わたしたちの仕組みは、とてもシンプルです。支援が必要なご家庭に、毎月、スマートフォンへ3,000円分の食事チケットをお届けします。子どもたちは、それを持って、町の飲食店へ向かいます。
お店では、ふつうのお客さんと同じように、メニューを開いて、好きなものを選びます。ハンバーグ定食でも、お寿司でも、ラーメンでも。いつもは値段を見て遠慮していたものを、その日は、自分のために選んでいい。代金は、全額、寄付でまかなわれます。子どもにも、保護者にも、お金は一円も発生しません。
飲食店は、ふだんの営業のまま、ふだんの料金を、満額受け取ります。支援団体は、すでに地域でつながっている家族へ、チケットの使い方をそっと伝えるだけ。誰も無理をしないから、続いていく。それが、この仕組みの設計思想です。
そして、月に一度の食事は、ただの食事では終わりません。何度か顔を合わせるうちに、店主は子どもの名前を覚えます。「今日は寒かったやろ」「お母さん、元気にしてる?」。そんなひとことが、町のあちこちで、自然に生まれていきます。「おせっかい」が、もう一度、町の定食屋から始まります。
大阪のたった2団体、43食分のチケットから始まりました。
いま、その輪は、これだけの場所に、これだけの人たちに広がっています。(2026年4月数値)
最終的に目指しているのは、こども食堂が「特別な場所」ではなく、町の風景にとけこむことです。あの店も、この店も、ふつうにこども食堂であるような国。
「助けて」と言えない子どもにも、ごはんが届いている国。家のなかで孤立しても、町のどこかに自分のテーブルがある国。そして、誰かが声をあげる前に、誰かが気づける国。
そのとき、わたしたちは、たぶん必要なくなっています。
それが、わたしたちのいちばん見たい景色です。
一食ずつ。一人ずつ。一つの町ずつ。
寄付者として。企業として。支援団体として。
関わり方は、ひとつではありません。
それぞれの人生で、子どもの貧困や孤立と向きあってきた仲間が集まっています。

1973年宮城県生まれ。先天性の病気により16回の手術を経験するも、シングルマザーの母親に支えられ幼少期を過ごす。25歳で起業し約50名の広告代理店業の代表に就任。不妊治療を経て養育里親となり、現在も現役里親として子どもを養育している。
・特定非営利活動法人 日本こども支援協会 代表理事
・南大阪みささぎライオンズクラブ 2020年-2022年 会長
・大阪を変える100人会議 5期世話人
・公益財団法人SBI子ども希望財団 諮問委員
・NHK近畿地方放送番組審議会 委員

1938年生まれ。信天堂山田安民薬房(現ロート製薬株式会社)創業者である山田安民氏を祖父とし、ロート製薬株式会社の二代目である社長山田輝郎氏の五男として生まれる。元ロート製薬株式会社代表取締役専務として、妊娠検査薬を世に出す。元メンソレータム社取締役会長。元株式会社アンズコーポレーション社長/会長/相談役。2022年、「未来を担うこどもたちに何かをしなければ」という想いから、一般社団法人「明日へのチカラ」を設立。

一般社団法人ソーシャルビジネスバンク代表理事。長くスイスの金融機関でプライベートバンカーとして勤務する。2008年よりNPOのスタッフとして、タイ、ラオス、ミャンマー、カンボジア、バングラデシュにて社会貢献活動に参画。日本アントレプレナー大賞ソーシャルビジネス部門を創設し、ソーシャルビジネスの普及にも注力する。社会起業家及びNPO代表者と、経営者及び富裕層を繋ぐ「橋渡し役」を担う。社会には多くの資金が存在するにも関わらず、その流れが滞っていることに危機感を感じており、社会に“温かいお金”を循環させることを社会的使命としている。

Japan Automechanic School 校長/SK Dream Japan 理事。元クレディ・スイス銀行プライベートバンク日本代表。社会貢献活動として、グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者であるムハマド・ユヌス博士と一緒にバングラデシュにて自動車整備士の養成学校を運営する。

一般財団法人チャイルドライフサポートとくしま理事長。大塚製薬創業者の曾孫として生まれる。株式会社大塚製薬工場(執行役員総務部長)を退社し、2020年4月に一般財団法人チャイルドライフサポートとくしまを設立。「子どもたちの夢と希望の実現をサポートし、より多くの子どもたちに、より多くの幸せを与える」ことをミッションとし、NPO法人や任意団体が実施する公益事業の活動資金を助成している。

上智大学卒、一般社団法人アジア婦人友好会理事。子育てを通じて、愛情を持って接することで信頼関係が築かれること、信じて待つことの大切さなどを学ぶ。親が子どもを慈しんで育てるのは当たり前のことだが、それを当たり前に享受できない子どもが日本に沢山いることを知り大きな衝撃を受け、少しでも多くの子どもたちの笑顔が世の中を照らすようになることを願って、明日へのチカラの活動に参加。